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まさひろ酒造とは
まさひろ酒造は、明治16年に琉球王国の城下町である首里で創業しました。 創業者は、琉球王朝の料理長職をしていた比嘉昌続 (ひがしょうぞく) の息子・比嘉昌文 (ひがしょうぶん) です。
当時、泡盛造りは王府から許可をもらった者にしか製造が認められませんでした。 そんななか、創業者・昌文は料理人職の腕前を評価された父・昌続が王より授かった 「ホウチュウヒガ」の屋号と泡盛製造免許のもと、泡盛製造を始めました。
140年以上にわたり、まさひろ酒造は、その生産技術、品質、革新への情熱で知られてきました。
そして、それらの情熱は今日も生き続けています。
まさひろ酒造(旧 株式会社比嘉酒造)の歩み
明治16年 比嘉酒造は、明治16年に琉球王国の城下町である首里で創業しました。創業者は、琉球王朝の料理長職をしていた比嘉昌続(ひがしょうぞく)の息子・比嘉昌文(ひがしょうぶん)です。 当時、泡盛造りは王府から許可をもらった者にしか製造が認められていませんでした。そんななか、創業者・昌文は料理人職の腕前を評価された父・昌続が王より授かった「ホウチュウヒガ」の屋号と泡盛製造免許のもと、泡盛製造を始めました。 沖縄の食文化と泡盛文化は密接な関係にあります。父・昌続の食へのこだわりは、昌文の酒造りにも反映したことでしょう。
昭和24年 混沌とする時代の中、日中戦争の頃には最盛期を迎えた泡盛業界も、太平洋戦争でほとんどの蔵元が工場を失い、 受け継がれてきた古酒も戦火のなかに消えていきました。戦後の復興の中、三代目である昌廣(しょうこう)は本島南部の与那原に工場を移し、再スタートします。
平成3年
時はながれ、昭和54年、四代目として比嘉昌晋(まさくに)が蔵を引き継ぎます。ウイスキー全盛期の中、泡盛の市場開拓に努めました。その功績の代表的なものとして、「ふるさと小包」で泡盛を全国に発送できるシステムを作った事が挙げられます。当時郵便局がお酒は扱うことは画期的な事でした。また、初めて泡盛を国際品評会へ出品して金賞を受賞、他社に先駆けて泡盛ワンカップ、紙パック入り泡盛の発売を手掛けるなど、積極的に新しい市場を開拓してきました。
創業100周年を記念した糸満市の西崎工場を落成し、製造場所を糸満市に移しました。ここでは、年代物の泡盛を展示した「泡盛まさひろギャラリー」を開設。泡盛についての資料を取り揃え、見学工場としてご好評いただいております。平成10年に発売した県外銘柄「島唄」、もろみを使用した「まさひろ もろみ酢」の商品化によって、新しい市場の開拓にも努めています。